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「医療のものがたり」って何だろう? NY・コロンビア大学で半年の大学院留学~宮本 紘子さん

  • 著者:因間 朱里 (東京医科歯科大学医学部4年)
  • 投稿日:
  • インタビュアー名:因間 朱里
  • 派遣先機関:コロンビア大学
  • 留学目的:大学院での講義受講

INOSHIRUプロジェクト、今回はいままさにアメリカに留学中の大阪大学医学部5年生・宮本紘子さんの声をお届けします。
(※このインタビューは2020年2月24日に実施されました。ただし、2020年4月現在はCOVID-19の影響により、インタビュー時点とは状況が大きく変化しております。詳しくはインタビュー最後をご覧ください。)

なお、このインタビューの内容をより掘り下げる形でコラム連載が開始します。そちらもぜひお楽しみに!

因間 朱里
こんにちは。まずは自己紹介をお願いします。
宮本 紘子
はい、宮本紘子といいます。大阪大学医学部医学科の5年生です。医学部合奏団でチェロを弾いたり、大阪大学の哲学研究会である希哲会の立ち上げに関わったり、国際医療研究会に所属したりしています。「医療現場で働くこととはどういうことなのか」を社会医学的目線で考えたいと思い、現在ニューヨークにあるColumbia UniversityのSchool of Professional Studies, Narrative Medicineに留学しています。


コロンビア大学のキャンパスの様子。

因間 朱里
Narrative Medicineという聞きなれない言葉が出てきました。これはどのようなものなのですか?
宮本 紘子
日本語にすると「物語医療学」となります。EBM<Evidence-Based Medicine>が重視される時代になってきている今日、医療というとどうしても科学的な側面ばかりに目が向けられがちです。もちろん医学にエビデンスは大事ですし、医学が非科学的であると言いたいわけではありません。しかし、医療は科学的な面だけではどうしても測れないものではないでしょうか。例えば、日本で高まりを見せている反ワクチン運動や代替医療に傾倒している人たちに、科学の言葉を使って「こういうエビデンスがあるんです」と言って再考してもらおうとしても、きっと医療者の意見は聞き入れてもらえない。その人たちに、こちらの考えに耳を傾けてもらおうとするならば、ただ科学的な情報を突きつけるのではなく、文学・哲学などの力を借りた「なんとも言えないような」アプローチが必ず必要になります。こうした、ひとりひとりの持つ個人史としての物語、そしてそれらが位置づけられる背景としての広い文脈の物語の両者に注目したのが物語医療学です。
因間 朱里
つまり、ここで言う「物語」とは、医療現場における誰かの語りとしての物語のみならず、いまの患者さんを作り上げた背景としての物語までをも含んだ概念、ということなんですね。医療には科学的根拠以外にも必ず必要ななにかがある、というのが医療の面白さであり難しさであると私も思います。具体的に学問としてはどのようなものなのですか?
宮本 紘子
もともと経済格差と医療格差の深刻さが非常に強烈な問題意識としてあるアメリカにおいて、医療が制度化していくと同時に権威化していくことに対する状況に対する疑問を投げかける活動としてNarrative Medicineがコロンビア大学で生まれました。このためNarrative Medicineは完全に学問とも言い切れず、Health JusticeにおけるSocial Justice Movementとしての性格も持ち合わせています。創始者の先生たちの中でも、学問としての認識と社会運動としての認識が混在しているようで、非常に興味深いです。
因間 朱里
それでコロンビア大学に留学することを決められたんですね。すごくアカデミックなものかと思っていたのですが、宮本さんのお話を伺って、物語医療学自体がかなり現実に根差した存在なのかなと感じました。でも、そもそも物語医療学に宮本さんが興味を持つようになったきっかけは何ですか?
宮本 紘子
実は最初から物語医療学というものを知っていたわけではありません。もともと精神医学・哲学・文学などに興味があり、大学に入学してからはこうした分野を医学に活かせないかなと思いながら個人で勉強を進めていたほか、医療と人文の学際領域のシンポジウムによく足を運んでいたのですが、そこで「物語をキーワードに医療・医学教育について考えていこう」という活動をされている立命館大学の斎藤清二先生と出会ったことが大きいです。それから先生の勉強会に足を運ぶようになりました。いま思うと大学院でやる内容に近かったのかなと思うのですが、医療的なトピックにとどまらない様々な内容、例えば「コミュニケーションとはなにか」などについて、多様なバックグラウンドの人と学ぶ中で、議論の進め方や、他者に対する姿勢などを学んでいったとともに、斎藤先生の研究していらっしゃる物語医療学への関心が深まりました。
因間 朱里
低学年のうちからシンポジウムに足を運ぶ積極性が新たな道を切り拓いたのかなと感じました。これまでにも留学されたことはあったのですか?
宮本 紘子
いま振り返ってみると、大学生になってから毎年のようにどこかしらに留学してきたなと思います。1・2年の時は大学が募集していたサマーキャンプで1~2週間、台湾と韓国の大学にそれぞれ行きましたし、3年の時は先述の国際医療研究会のプログラムでタイ・マヒドン大学に留学しました。4年ではキャンパスアジアプログラムというものに参加しましたが、この時点ですでに複数回留学してきていたので、留学生とのコミュニケーションには抵抗がなくなっていましたね。
因間 朱里
すごいですね!言語の壁ゆえに留学をためらってしまう人も多いかと思いますが、恐れずに何度も行くことで自身の成長にもつながりそうですね。
宮本 紘子
実は現在の留学で渡航する前に荷物を整理していたら、大学に入った時の決意表明が出てきたんです(笑) いろいろなことが書いてありましたが、最後の方に「なにかをしたいと思った時に障害にならないように、英語を勉強しよう」と書いてあるのを見て、とにかく英語を使えるようになりたかったんだなと自分の原点を思い出したような感覚になりました。ですがいまのアメリカでの留学では、言語の壁以上に日米の大学の文化の違いを感じることが多いです。というのも、授業はほとんどがディスカッション形式で行われます。例えば患者さんが書いた体験記を読んで議論する授業があるのですが、授業中教授はほとんどしゃべらず、生徒同士が議論しているところに時々口を挟むかどうかというところです。また、私が留学しているのは大学院ですが、学部の授業をのぞきに行ったら、レクチャー形式で行われているものが多いのは日本と同じだなと思っていたのに、質疑応答の時間にはものすごい数の挙手がありました。こうした文化の違いの中で、議論に積極的に参加するためにはどうしても事前課題の予習が要求されますが、その量がとにかく多いんです!勉学面では意外とハードな留学生活を送っています。


大学の図書館で勉強。先輩から教えてもらった「アジア文化図書館」がお気に入りでした。写真は哲学書に悪戦苦闘している様子です。

因間 朱里
しかも母語ではない言語で予習し議論するのは本当に大変だと思います。宮本さんと同じように、現地には日本人もいるんですか?
宮本 紘子
私のいるプログラムにはアジア系が比較的少なく、30人中3人程度ですね。というのも、扱われる内容がアメリカ特有の医療に対する強い問題意識に根差したテーマであることが多いためです。年齢層は本当に様々で、働きながら通っている人もいるし、これからmedical schoolに入ろうとしている学部生もいたりします。コロンビア大学全体としてはキャンパス内にはアジア系の人をそこそこ見かけますが、Ivy Leagueの大学なので、アジア系は全体で見ても半分弱程度と、他大学と比較したら少ない方なのではないでしょうか。また、現地のゆるい日本人コミュニティとしては、コロンビア大学に留学している人たちのオンライングループがあったりします。この間は学部に在籍している日本人に誘われて、ごはんを作る会に参加したりもしました。
因間 朱里
思ったよりアジア系が多いんですね。大学の所在地はどんなところですか?
宮本 紘子
場所自体はニューヨークの中心地から北上したところなのですが、コロンビア大学がとても大きい大学であることもあり学生が非常に多いエリアです。比較的都会で、現地のアジア系のスーパーで必要なものはなんでも手に入ります。アジア系の留学生が多いこともあって、タピオカ屋さんも多いですよ!

大学近くのタピオカ屋さんです。

宮本 紘子
キャンパス内には図書館が複数あるのですがどれも非常に大きく、かつスタイリッシュですね。蔵書スペースのほかに自習スペースもしっかり設けられており、洗練された空間だなと感じます。
「NEUE GALLERIE」という美術館。NYCは現代芸術を中心に美術館が多いです。わたしの専攻は医療にかかわる芸術作品も扱うため、閉館後の美術館を貸し切って鑑賞する授業もあったとか!贅沢ですね〜
因間 朱里
日本とはまたずいぶん違ったキャンパスライフが送れそうです。そんな環境で学びながら、今後どのようにしてご自身の学びを活かしていきたいとお考えですか?
宮本 紘子
いわゆる科学的エビデンスとはちょっと違う視点から医療を見てみることで、これまで解決できなかった医療関連の問題にアプローチできるのではないかと考えています。こうした視点をもった医療人材の育成によって医療を根本的に改革していくことができると思うのですが、これには教育のレベルから関与することが必要です。Narrative Medicineという比較的新しい分野においていま私が留学で経験している内容そのものが、実はまさに新しい医学教育の形なのではないかと感じています。これを日本に持ち帰って、少しでも日本の医療をよりよい方向に進められたらいいなと思います。
因間 朱里
エビデンスばかりに注目していても、本当の意味で患者さんに届く医療を実現するのは難しいでしょうね。日本の医療を本当の意味で変えていこうとしたら、やはり教育の力を使うことが、時間はかかるかもしれないが中長期的に見て最も効力があるのではないかと思います。最後に、これから留学しようとしている人たちに向けてなにかメッセージをお願いします!
宮本 紘子
自分の興味があることを勉強したい、あるいはなにかやりたいとなった時、それが海外にあるんじゃないか?と思うのなら留学という選択肢はとてもよいものだと思います。もちろん初めから「私はこれを身につけて帰るんだ!」と思っていたことを実際持ち帰るのは意味のあることです。ですが私はそれ以外にも、留学に向けて準備する過程で得られるものも大切な財産になると考えています。留学という選択をしてみると、自分の世界を思わぬところまで広げられると思いますよ!
因間 朱里
宮本さん、本日はお忙しいところ長時間のインタビューにお付き合いくださり本当にありがとうございました!今後のコラムでも様々なお話が伺えるのを楽しみにしています!
宮本さんは、留学に関連してTwitternoteもやっていらっしゃるとのことです。皆様ぜひあわせてご覧ください!

冒頭でも書きました通り、インタビュー時点と現状が大きく変化しております。以下、宮本さんより↓

宮本 紘子
現在、COVID-19が世界的に広がっています。私の住んでいるNY州、NY市も非常事態宣言がなされており、コロンビア大学も感染を防ぐためなるべく早期の帰省を推奨しています。さらに、授業が全面オンラインに移行したため、私も帰国して遠隔で学修を続けることになりそうです。
というわけで、これからのコラムも本来の「留学」体験記とはまったく異なるものになります。同じ内容をまったく異なる環境で学ぶことがどういう経験なのか、私もわくわくしています。これまでアメリカで学んできたことと、これから日本で学ぶことをあわせて、コラムに書いていければと思っています。
また同時に、「医療についてのことば」がこれ以上に大事になる局面もありません。個人的にはいま「物語医療学」を日本で学べることに運命的なものを感じています。
それでは、またコラムでお会いしましょう〜!よろしくお願いします!

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