
日本の移植医療をハーバード大学病院から考える
今回のインタビューでは、アメリカ・マサチューセッツ州ボストンにある、ハーバード大学の関連医療機関のひとつであるマサチューセッツ総合病院(Massachusetts General Hospital)の移植外科に所属していらっしゃる3名の日本人移植外科医の先生にお話を伺いました。日本ではなかなかなじみの薄い移植治療ですが、海外ではどのようにとらえられているのでしょうか?日本の移植治療の今後を考えてみましょう。

本日は3人の移植外科医にお越しいただいています。
最初に、みなさんそれぞれ自己紹介をお願い致します。


谷峰 直樹 先生
谷峰直樹と申します。2005年広島大学医学部卒業後、6年目で広島大学消化器移植外科に入局。広島大学で大学院を卒業し、2016年よりマサチューセッツ総合病院(以下、MGH)/ハーバード大学でResearch Fellowとして移植免疫の研究をしております。
留学のきっかけは、大学院で腫瘍免疫を主に研究しましたが、臨床に役立てられる免疫についてもっと深く知りたいなと思ったことがきっかけです。
日本だけではなく、他の世界も知った方が得るものが大きいのではないか思い、アメリカに留学を決めました。


木村 鐘康 先生
木村鐘康と申します。2003年に北海道大学医学部卒業後、北海道大学消化器外科Ⅰに入局。6年間一般外科の研修を経た後、北海道大学大学院に進みました。
大学院期間中の2009年から3年間移植免疫の研究をするためにアメリカのピッツバーグ大学病院に研究留学し、そこでの研究成果でPhDを取得しました。
留学中に米国での臨床に興味を持ち、留学最後の一年間でUSMLEを取得し、日本に一度帰国してから2年半の一般外科を経た後、2015年からMGHで移植外科のClinical Fellow、2017年からスタッフの移植外科医として働いています。


広瀬 貴行 先生
広瀬貴行と申します。平成18年に北海道大学卒業後、北海道大学泌尿器科入局。泌尿器科医として働いた後、北海道大学病院でPhDを取得。
PhDのProgramの過程で、移植免疫の研究で有名な広島大学消化器移植外科で2年間研究しました。
MGHの河合達朗先生の免疫寛容の論文を読んで衝撃を受け、移植をやるならこれを目指さないといけないと思い、現在は河合先生のもとで移植免疫についてMGHでResearch Fellowとして働いております。


医者として働き始めた頃は正直なところ、移植医療についてあまり知りませんでした。消化器外科医になることを決め、大学に入局して初めて移植後の患者が劇的に治癒するのを見て、移植医療は力がある医療だと感動しました。また、高度な技術や深い知識を求められるため、消化器外科医として最終的に目指したい医療の一つだと感じました。

私の場合は、高校3年生の時に、親が肝移植を受けたということがきっかけです。

実際に、夢をこうやって叶えたのはすごいですね。身近でこの移植医療がどのように生活に還元されるかを知ると素晴らしいと思わざると得ないですよね。

私は、シンプルに移植外科医がかっこいいなという憧れがありました。
腎移植は泌尿器科の中でも分野があまりにも違っており、医師3年目の時に初めて腎移植を目の当たりにしたのですが、全てが初めての状態だったため大変でした。当時の移植外科の先生は、移植はもちろんのこと、がんの手術を含めて何でもこなす姿に憧れを感じました。今でも、手術中に移植した腎臓から尿がきちんと出たときは感動しますよ。


大きな違いが2つあります。先ず、みなさんもご存知のとおり、明らかに異なる点は脳死移植のVolumeの違いではないでしょうか。
アメリカでの肝移植は約8000件/年で、そのうち約95%が脳死移植です。
それに対して日本は約400件/年で、そのうち約90%が生体移植で、脳死移植は約50件/年と全体の約10%、もちろん人口の違いもありますが、絶対数はアメリカの100分の1以下なんです。

日本とアメリカの臓器提供数と移植数
人口比は日本:米国=1:2.5にもかかわらず、提供数は100倍、移植数は80倍に及びます。次にシステムの違いです。アメリカではOrgan Bankが徹底的にサポートしてくれていますので、現場の医師(ドナーを出す側)への負担がはるかに少ないのです。
具体的に言いますと、脳死のドナーとなりうる患者が発生した場合、病院側がOrgan Bankに連絡をいれます。一度連絡が入ると、電話越しにスクリーニングを行い、Donorになりうると判断されればOrgan bankがコーディネーターを派遣します。医療者側に経験がなくても、コーディネーターが何をすべきなのか客観的に判断・指示し、Procurement(Donorの臓器を摘出すること)までつきっきりでサポートしてくれます。ここには患者管理、家族へのIC、サポート、手術前に必要な検査のオーダー、手術室の予約、ドナー外科医とのコンタクト等も含まれます。
ですので、現場への負担はほとんどなく、スムーズに事が運びます。逆に日本では、現場の医師が患者管理から家族の説明まで全て行うため、ドナーを出す側への負担が非常に大きいというのが現状のようです。


基本的には医療のback groundを持った人、特に看護師の方が多いですね。先ほどもお話ししたとおり、最初から最後まで手伝ってくれることになっています。


米国に対し、日本ですと脳死ドナーの摘出手術があるだけでもおおごとになります。場合によっては何十人という医師が集まり、臓器の摘出を行います。
また、脳死の判定についても判定基準が厳しく、2人の医師が二回行うことになっています。2010年に臓器移植法が改正され、(本人の意思が不明な場合には、家族の承諾で臓器が提供できることになりました。)家族の承認により臓器提供数は増えることは増えたのですが、Donor不足の問題を解決できるほど劇的な変化は見られません。
脳死下での臓器提供者数の推移
(厚生労働省より。https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000034568.pdf)

他の違いとしては、日本ではいまだに医療者側が移植という治療方針を標準的医療と認識していないことが多いのではないかと思います。
アメリカの場合は、移植があることを計算に入れた上での治療方針が立てられていますね。

そうですね。例えば、肝細胞癌の治療方針としての移植は日本ではあまり考えませんが、アメリカの場合、がんに対して移植が治療成績良いので積極的に行っていますね。

アメリカの移植学会総会にはアメリカや世界中から多くの腎臓内科医が来ています。それに対して、日本の移植学会総会は、移植外科医が大半で内科医の参加や発表は少数に留まっているのが実情です。これは、アメリカでは移植は外科医だけで行うものではなく、内科医もチームの一員として移植に参加しているからだと思います。

アメリカでは、治療方針を話し合うのに一般外科医、移植外科医、腫瘍内科医、放射線科医が一緒になってカンファレンスをしますからね。

日本でも、移植という選択肢がもっとあるはずだと医療者の間で認識ができていれば、確実な治療の一つの選択肢としてもっと移植を広めようと、医療者側からもっと積極的に働きかけることができると思います。

実際に移植に関わっていない医師の方には、臓器提供の頻度が低いためだと思いますが、移植という選択肢が出にくいのかもしれませんね。

ドナー側の意識の違いもあると思います。アメリカでは、臓器を提供することのハードルが低く、臓器提供する相手は血縁関係がなくとも、友人や知り合い等も非常に多いです。外来をやっていると、「周りには誰も移植が必要な人はいないけど、どこかで困っている人のために自分の臓器を提供したい」という人が時々来ます。それもあまり珍しい話ではありません。

僕が思うのは、一般の人たちの移植に対する認識や知識量はアメリカも日本もさほど変わらない気がします。
勿論、提供する医療、社会、文化の違いはあるでしょうが、むしろ医療者側から一般の人たちへの情報提供が少ないことが原因になっているのではないでしょうか。

確かに、日本で移植が増えない理由の一つは、日本人の倫理観や死生観が原因で脳死を受け入れられないというだけでなく、医療者側の問題の方が大きいのではないかと思います。

医療者側が家族に対してDonorになり得るという話をできていない可能性はありますね。木村先生がおっしゃったように、現場に負担がかかりすぎる体制が影響しているかもしれません。

ある病院で脳死ドナーからの臓器の提供があった際に、研修医が脳死ドナーの適応についてカンファレンスで提言したことがきっかけとなったという話を聞いたことがあります。その研修医は、学生時代にそうすべきだと学んだことを思い出して発言したそうです。新しい世代の人たちには抵抗なく、Donorという選択肢を提示することが当たり前だと思ってほしいと思います。

私も、学生さん達に世界の標準も知ってもらうことは大事だと思います。

また、別の問題として、日本では脳死の判定を含めて、Donorを提供できる病院が限られていることも問題ですね。アメリカはどんなに小さい病院でもDonorを出せますが、日本の場合は条件が様々あるため、結果として該当する病院が少ないですね。
日本でも、運転免許証や健康保険証で意思表示欄はありますが、義務ではありません。しかし、アメリカの場合は、運転免許証でYes or Noを答えるのは必須になっていますからね。

それでは、先生たちが思う解決策があれば教えてください。

システムの構築をすることが最重要だと思います。
一番手っ取り早いのは、成功しているシステムを輸入してくることです。
最もお手本になる国はお隣の韓国です。韓国はアメリカからOrgan Bankのシステムを輸入し、世界の中でも最も成功した移植大国になりました。そのためには、当たり前のことでしょうが、行政とも協力して「人材とお金、そして情報」が必要ですね。
また、一般の人向けじゃなくて医療者に向けての啓蒙をもっと奨めるべきかと思います。

私も医療者に向けての啓蒙には賛成ですね。特に若い人は抵抗がないですから。
また、移植と関係のない診療科の方々が僕たちに相談してくれるだけでもありがたいです。それと、国も移植を推進しようという動きがあります。
腎不全の時に、血液透析だけでなく、腹膜透析、腎移植の3つの治療法の提示が推進されるように、保険診療の内容が改正されています。透析も非常に重要な医療ですけど、移植という選択肢を患者さん側に提示すらされない実態の方が問題だと思います。

米国では、透析は移植までのブリッジだと捉えられていて、あくまで一時的なものという扱いですね。
米国における透析患者と腎移植患者の平均寿命
(https://jinentai.com/doctor_qas/27)

それと同時に、Organ Bankに対しての人的、金銭的カバーが必要な気がします。これから医療者側の啓蒙が進み、多くの病院がDonorを提供できたとしても、現状ではそこに向かうだけのOrgan Bank側の人間が足りていません。

初期研修システムの中に、移植を1ヶ月だけでも組み込むのはどうでしょう?

1ヶ月だと短いかも知れませんね。
病棟ではさまざまな治療段階があるので、移植医療の患者さんへの貢献は見えにくいのではないでしょうか。
移植によって劇的に良くなっている姿は外来の方が多いかもしれません。移植の本当の魅力に気づくには、研修システムの中では時間がかかるかもしれませんね。

米国では、医療者側の人間は移植がどのようなものか知っているし、研修医でもほぼ必ず移植のTrainingを受けています。
研修医がDonorの手続きをしたこともありますし、場合によっては移植手術の経験もあるので、抵抗が少ないのかも知れませんね。これは、結局のところ移植の絶対数が多いから成り立つ話ではありますが、日本もうまくいけば良い循環が生まれると思いますね。

今まで日本では、一部の情熱のある先生方が移植医療を支え、普及に尽力されてきましたが、その状況は限界が訪れるかも知れませんね。

医療経済という観点からは、腎移植をした方が透析を継続するよりも医療費は非常に安くなります。

腎不全の治療=血液透析としてしか理解していない人が多すぎるような気がします。結局のところ、臓器提供が少ないがゆえにないから移植という選択肢があまり思い付かないのかも知れないですね。

腎障害のある人たちが声をあげてもいいかも知れませんね。
彼らに、どういった体制が整っていないために移植を受ける機会が減っているのか、知ってもらえると政治に働きかける原動力にもなり得るからです。
当事者は患者さんですから。
ドナーとなる権利という考え方も重要だと思います。本来は、脳死(による)の臓器はdonorさんからの社会に与えられたGiftだと思うのです。我々の社会はそのGiftを必要な人に届ける義務があると僕は思っています。
そこのところを我々はまだ十分できていないのではないだろうかという疑問を多くの人が持ってくれれば、今後社会の仕組みや医療体制をもっと整えるためにお金を使ったり、人材・情報が割けるのではないでしょうか?


海外渡航移植について、過去にドキュメンタリー番組で取り上げられていました。確かに、喫緊の問題なので切迫していることは分かるのですが、自国で臓器移植ができるように、もっと根本的な医療体制・システム作りを再構築しなければならないのではないでしょうか?


移植医だけでは解決できない問題ばかりです。
移植に興味のある医学生や一般の人と協力して、これからの改革に貢献できればいいですが。


医師として働く前に、医療について見聞を広めるのは貴重な経験です。視野を拡げて様々なことを見なければ、日本の“有名な病院”での治療がいい医療なのか分かりません。
他の国に行って、自分の目で確かめるということも、視野の広い医師になるための貴重な経験ではないかと思います。
海外留学ではなくても、国内の他の病院に赴き、仮に短い期間であっても自分の目で色々見てほしいですね。多様性のある経験が日本の医療を動かす原動力になると思っています。

谷峰先生と似ていますが、一度は海外に行った方がいいと思います。
これにより日本のことを客観的に見ることができます。
日本の医療は全般的に素晴らしいと思いますが、日本で行われていることが、世界の常識ではありませんし、最善でないことも多々あります。若いうちは可能性を拡げるべきだと思っています。私は当初、留学する気がありませんでしたが、当時の教授のご好意で留学することができました。本当にいい経験だったと思っています。

将来移植を専門にするしないにかかわらず、移植医療自体は特殊な医療ではないということを知ってもらえると嬉しいです。
もう一つは、患者さんに対して移植の適応があるのかな、と疑問に思った時点で移植の部門にコンサルトしてほしいです。
腎移植の場合、透析導入前に移植した方が成績がよく、ギリギリになって移植の準備をしても間に合わない場合もあります。紹介で早すぎることはありませんし、そもそも移植の適応があるかどうかは、移植医じゃないと判断できないからです。
今回の記事についてご質問、ご要望がありましたら下記のメールアドレスにご連絡ください。
北海道大学医学部医学科5年 大野修吾郎
shugoroohno@outlook.jp