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こどものための地域づくりを目指して~スタンフォード大学東アジア研究センター修士プログラムに留学中~ 七野紀之さん

  • 著者:小坂真琴
  • 投稿日:
  • インタビュアー名:小坂 真琴
  • 派遣先機関:スタンフォード大学
  • 留学目的:修士号取得

INOSHIRUプロジェクト、インタビュー記事第二弾となる今回は、医師免許を取得した半年後からスタンフォード大学に留学されている七野紀之さんにお話を伺いました。

 

小坂 真琴
こんにちは。まずは七野さんの自己紹介をしていただけますか?
七野 紀之
「一人でも多くのこどもが笑顔になってくれるといいなあ」と思いながら、「”こども”の”ため”の”地域”」を発展させるための方法について研究中です。「すべての子どもにチャンスを」を標語とする認定NPO法人Living in Peaceこどもプロジェクトでも活動しています。大阪大学医学部医学科卒、医師免許を取得した半年後、スタンフォード大学東アジア学修士プログラムに留学して、現在2年目です。
小坂 真琴
本日はよろしくお願いいたします。早速ですが、現在のスタンフォード大学留学についてその概要を教えてください。
七野 紀之
よろしくお願いします。
現在は、スタンフォード大学東アジア研究センターの修士プログラムに所属しています。授業については、東アジアに絡むことなら政治学、社会学や言語学、歴史学、美術などなんでもありで、取れる授業の自由度は高いです。
具体的には、卒業要件として必要な46単位のうち、30単位は東アジアに関わっている必要がありますが、研究メソッドに関わる授業もこちらに含めることができます。残りはなんでも大丈夫です。なので、東アジアに直接関わる授業は全体の半分くらいですね。週に12時間くらいは授業の時間になり、それ以外は授業の予習や宿題、自分の研究や仕事や趣味などの時間になります。学位取得のためには、単位以外に、修士論文を書き、研究対象地域の語学を習得している必要があります。僕は、研究対象が日本なので、語学習得の要件は特に関係ありませんでした。

【スタンフォード大学の広場】

 

 

小坂 真琴
東アジア研究所、と聞くと医学とは直接関わらなさそうにも聞こえますが、どういう経緯で留学に至ったのでしょうか?
七野 紀之
直接のきっかけは、5年生の時にスタンフォードのd.schoolを知ったことです。4年生の夏にタンザニアに行ったのをきっかけに国際保健系のサークルに入っていたのですが、マネジメントのことで苦労していました。そんな中、デザイン思考を教えているd.schoolの存在を知り興味を持ったのですが、プログラムに参加するには大学院に入学する必要がありました。
そこで、冗談半分で「スタンフォード大学に興味がある」と言っていたら、スタンフォード大学に通っていたという人を知人から紹介していただいたので、自動的に動くことになりました。そんなことをしているうちに、今度は9月頃に、デザイン思考を体験できるスタンフォード大学でのワークショップの存在を偶然知り、これまた何かの巡り合わせと思い応募したら、11月に受け入れが決まりました。
この頃からいよいよスタンフォード大学院を意識し始め、具体的にどんなプログラムがあるのか探し始めました。12月末にfacebookでこれまた偶然見つけたスタンフォードの大学院生の方に話を伺うことができました。その際には、「東アジア研究センターの方がフレキシブルな課程なので君の目的には向いているんじゃない」とアドバイスを頂きました。
そして3月に前述のワークショップでスタンフォード大学を実際に訪れた際、その素晴らしい気候と環境にほとんど一目惚れして、大学院留学に挑戦することに決めました。
小坂 真琴
最初は半分冗談で言っていたんですね。意外です。なかなかその最初の一歩を踏み出すのが難しいと感じる人も多いのではないかと思います。
七野 紀之
いかに、そうせざるをえない環境に自分をおくかが僕にとっては大事です。僕自身、逃げ道があれば条件反射的に逃げてしまう人なので、余裕がある時には自分をある意味追い込みます。
例えば今回の留学であれば、まずは小さなことで、興味本位で人を紹介してもらう。そこで話すと現実味を帯びて、話が広がっていくんですよね。先生と話す機会があればそんな時にぽろっというのも良いかもしれません。そういうことをすると、何かご縁が生まれてきますし、ご縁があればそれに背くことはできないものです。結果的にやる以外の選択肢がなくなるわけです。何もなければ縁がなかったというだけの話ですけれど、話が広がっていくうちに「できるかも」と思えるようにもなりました。
他には、東アジア学という医学生からすると珍しい分野に入ったのも、必要だと思っていても自分一人では勉強しなさそうなことを、大学院の環境に身を置くことで、勉強せざるをえなくするという理由もありました。好きなことや元から興味の強いことは、勝手に自分で勉強しますしね。

【東アジア研究センターの内部】

 

 

小坂 真琴
留学に限らずすべての行動に通ずる貴重なアドバイスをいただきました。
七野 紀之
もちろん、今回の留学の過程で、意図してそういう風にしたわけではありません。でも、振り返ってみると、今回の留学に限らず、これまで色んな場面で同じようなことがありました。それに、人を紹介して下さるということは、ある程度自分を信頼して下さっているわけですよね、どこの馬の骨とも知れない人に紹介しないじゃないですか。その信頼に背くようなことを僕はしたくないんです。そうして大切にしたものが、一過性ではないご縁の源泉となって、いつの間にか導かれて行っているような気がします。
また、留学について言えば、無理にする必要はないと思います。留学したい時にすればいいですし、興味もやりたいこともないのに周りが行っているからという理由でしなくてもいいんじゃないかな。それよりも、今自分が大切にしたいことは何か、必要なことは何かを考えて選択した方が、ずっと楽しいと思います。自分の場合、キャリアや将来のことも考える中で今のタイミングがベストだと思ったので「たまたま」今来ているだけなんです、結果的に変なキャリアになっちゃいましたけど笑
小坂 真琴
きっかけのところで、タンザニアに行かれたとおっしゃいましたが、医学生の時の留学についても教えていただけますか?
七野 紀之
短期ばかりですが全部で4回留学しました。
まず、4回生の時に、アフリカのタンザニアに3週間行きました。これは、もともと国境なき医師団に憧れみたいなものがあり、「国際保健医療の現場にいける」というシラバスを見ただけで中村安秀先生の授業を選択でとったのがきっかけです。実際、先生に、「行きたいところがあるなら紹介するよ」と言われて、一緒に授業をとっていた他の医学部生3人と、アフリカの中では比較的安全だということでタンザニアに行きました。
タンザニアでは、中村先生からのツテをたどって、基本的には自分たちで人を紹介してもらってスケジューリングして、中心地も地方も回りました。
小坂 真琴
しょっぱなから自分でアポをとって回るとはかなり力がありますね。その後はどんな留学をしたのですか。
七野 紀之
大学ではずっとテニスをやっていましたが、4年生の夏に引退して、そのタイミングでタンザニアに行きました。もともと国際保健に興味がありましたが、実際に現地に足を運ぶと憧れていた世界に現実感が出てきて、ご縁もあって国際保健に関するサークルで活動を始めました。
半年間はそのサークルで忙しくしていたのですが、中村先生からご紹介いただいて、臨床実習が始まってすぐの頃、スウェーデンのカロリンスカ研究所に1週間ほど行きました。ノーベル医学賞で有名だから行ってみたいというミーハーな理由でしたが、街並みがとても色彩豊かで美しく、同時に首都であるにも関わらず緑が豊かで開放感があり、暮らしてみたいと本気で思いました。内容としては、大学院生向けのマラリア薬に関する授業を受けるのがメインでした。
また、大阪大学には5年生の1月2月に、海外実習の枠があり、コロンビア大学のNew York Presbyterian Hospitalに行きました。これは阪大出身の移植外科と心臓血管外科の先生がコロンビア大学にいらっしゃって毎年阪大生を受け入れて下さっていて、かつその移植外科の先生が国際協力を同時並行でやっていて、どうしてもお会いしたかったからです。病院があるのは、マンハッタンのハーレム近くの治安があまり良くない場所で、1月という真冬の時期なので吹雪くことも少なくなく、モノトーンの街並みであったこともあり、薄暗いイメージでした。その直後に、スタンフォード大学に行ったので余計にそういうイメージが強いのかもしれませんね。
内容としては、自由に見たい手術を見て回る感じでした。一緒にいった友人は、臓器移植の現場にも行けていました。窓口の方がとっつきにくい人でIDの発行にも苦労した記憶がありますが、心臓外科の先生とその息子さんと一緒にテニスしたのも良い思い出です。
あとは、先に述べたスタンフォード大学でのデザイン思考の2週間のプログラムになります。
小坂 真琴
現在は院生として留学されているということですが、研究テーマについて教えてください。
七野 紀之
もともとは国際保健をやりたかったのですが、色々考えることがあった中で、虐待などの日本の子供の問題に出会い、そちらに焦点を移しました。大学院の入学審査に必要な書類として提出したアカデミックエッセイのテーマは里親についてでしたが、本当に知れば知るほど問題の根深さと自分の欺瞞を思い知らされるような気がするんです。現場で頑張っていらっしゃる方はただただすごいと思います。
そんな中で自分にとって大切な出会いもあり、虐待や社会的養護にフォーカスしていたところから視野を広げて、こどもが育つ地域というものの役割に目を向けるようになりました。こういう地域だといいんじゃないかな、というぼんやりとしたイメージはあった一方で、そもそも「こども」って個々人や社会にとってどういう存在なのだろう、地域、コミュニティって一体何を指すのだろう、そんな疑問も次第に湧いてきました。今では、そういった根本的な概念を追求しながら、どうすれば地域性と時代性を加味した「”こども”の”ため”の”地域”」を発展させられるのかについて、研究しています。そして、研究を通じて得られた仮説をベースにして、いずれは小児科医としてそんなまちづくりを実践していきたいと思っています。
小坂 真琴
概念的な部分と実践の部分をどちらも一人で網羅されるということですね。根底の問題意識はどこにあるのでしょうか?
七野 紀之
児童相談所や一時保護所で研修をさせていただいていたことがあるのですが、実際に目の前にして関わった子どもたちや、読ませていただいた記録が、自分の心に鮮明に刻まれています。この時の生の体験が、自分をこの分野において慎重にさせる大きな理由の一つだと思います。「いい地域を創りたい」と思って行った自分の安易で身勝手な介入が、もしかすると辛い状況のこどもを更に辛い状況にしてしまうかもしれないんですね。詳しい説明は避けますが、一般的に言う地域って人間関係なので、当然良い面もあれば悪い面もあるわけです。ですので、悪い面が強く出ると、悲惨なことが起こってしまいます。
難しい状況にいるこどもについて、程度の差はあれいくつもそのような事例を聞きました。辛い状況にいるこどもたちの眼が刻まれている僕にとっては、そういうことはできる限り避けたかった。ですので、結局限界はあるのですが、最低限自分が納得できる仮説をきちんと創りたい、その上で実践していきたいという思いが強くあります。
小坂 真琴
今後は小児科医としてやっていくというお話でしたが、今後の展望とそれを踏まえた今回の留学の意義について教えて下さい。
七野 紀之
基本は現場で小児科の臨床医を続けたいと思っています。
卒後2年間の初期研修は「医療者」としての価値観を形成する大事な時期だと思っています。それにも関わらず、医学と国際保健、虐待の基本的なこと以外では教養も経験も想像力も欠けているという問題意識がありました。色んな背景の人々と接する医師という仕事をする上で、これではマズいのではないか、と思いました。ですから、初期研修の2年間で自分はどういう医師を目指すのか柔軟に考えられるようにするために、多様な引き出しを用意したかったということがあります。
また、先程も触れましたが、「こどものための地域」作りを草の根レベルで実践していきたいと思っています。ただ、そうしたソーシャルな事柄に手を出したいのであれば、医学部を卒業した段階の基礎力では、実践的な意味でも学術的な意味でも全く足りていないと思いました。ですので、被るようですが、せめて取り組みたいことに対して多様な視点で考えたり、その道の人に相談したりすることができるだけの基礎力を付けたいという思いもありました。
他には、臨床医を続けたい僕にとっては初期研修という大事な時期の前に留学してしたかったということや、医師という職業が自分に合わなかった時のために幅を広げておこうという思いもありました。
僕は、医療そのものに強い関心があるというより、こどもの幸せに強い関心があり、医療はそのための一つのツールでしかないと思っています。ですから、こどもに焦点を当てつつも医療以外の視点にも触れようとして今回の留学をしていることは、ある意味自然な成り行きだと思っています。

【スタンフォード大学 ビジネススクールの学食】

 

小坂 真琴
大学の雰囲気などで、日本との違いを含めて感じるところがあれば教えて下さい。
七野 紀之
海外の大学すべてに通ずるわけではなく、スタンフォードなどの莫大な資金力がある大学院に限られた話かもしれませんが、お金、人などのリソースが圧倒的です。それにスタンフォードには、特に学生にとっては、いつの間にか自分をその気にさせる、やる気を起こす環境があります。
例えば、博士の学生は、授業料は実質免除でさらに給料をもらえるので、生活費の心配をすることなく自分のやりたいことに没頭できます。博士ほどではありませんが、サポートが薄いといわれる修士生にも、研究や学費奨学金を獲得できるチャンスがたくさんあります。
また、膨大な蔵書にアクセスが可能で、しかもPDFでダウンロードが可能だったり、オンラインで閲覧できたりする図書も少なくありません。トレーニングルームやボルダリング、テニスコート、バスケットコート、ゴルフ場といった体育施設も大半は無料で利用できますし、オーケストラやジャズなどの芸術鑑賞も、無料もしくはかなり安い値段でできます。
お金だけではありません。例えば、図書館の職員さんは、ただ本を探してくれる人というわけではなく、専門家が図書館員として働いていて、資料探しや研究についていろんなアドバイスをくれます。また、図書館の専門家が、分野横断研究の促進というミッションの下、Python, R, GISなどといった研究に関わる様々なソフトについてのワークショップや相談会を無料で開いています。
更に、ビジネスを始めとする各界のスーパースターや次世代のリーダーたちが、幾度となく講演に来たり、その辺に普通に歩いていたりするので、嫌でも刺激を受けます。繋がりたい人にとっては、いくらでもそのチャンスが転がっています。「海外の大学の学費は高い」と言われますし、確かに高いけど、先に払ってしまうと、後は目の前に無料のサービスが山ほど転がっているわけです。となると、元を取りたいという気持ちも相まって、どんどんそれらを使おうとしますよね。そうした豊富な資源の上で、「いいじゃない、やろうよ」という空気感が蔓延しているんです。
ビジネス系であれば想像つきやすいかもしれませんが、僕の人類学の指導教官の先生も何を言っても大概まずは「いいねー」と言ってくれます。聞くところによると、例えば先生がアワードを受賞するととお互いに心の底から褒め合うらしいです。学生に対してだけではなく、先生方同士も含めて、みんな褒め合うという文化があるみたいなんです。そこにカリフォルニアの温暖な気候と開放的な空間が加わると、自然と「そっか、じゃあ、やってみるか」とエネルギーが湧いてくる。そしてそのチャレンジを豊富な資源が全力でサポートしてくれる。阻むものは何もない。そうしていつの間にか自分のやりたいことに前へ前へと進んでいけるのだと思います。そんな不思議な環境です。
全体としてとてもエネルギーを与えてくれる環境だと思います。これらは短期留学ではなく、学生としてがっつり留学して初めてわかることなのかもしれません。スタンフォードの凄さは、単にお金がある、だけではなく、いろんな要素が絡み合って生態系を作り上げているところです。もし本気でやりたいことがあるのであれば、どんな分野であれ、スタンフォードはおススメです。

【学内で開かれるカンファレンスの一例】

 

 

小坂 真琴
先にお金を払ってしまえばそれを生かすために存分に生かそうと努力する。これも留学に限らない貴重な知見です。そしてそれをシステムとして持っているアメリカの大学はやはり強いですね。その環境を作り上げる大きな要素の「ひと」について伺いたいのですが、留学中どんな人と関わることが多いですか?
七野 紀之
東アジア研究所なのでやはりアジア系の人が多いですね。ただ、大学院生は研究と授業とやることがたくさんあるのでそこまでソーシャルに時間を割きません。ただし、MBAは例外です。起業仲間探しや転職目的で来ていると言っても過言ではないMBAは、かなりソーシャルに重きを置いていると聞きます。
でも、医学部時代に比べると圧倒的に他分野と交わる機会が多いですね。人文・社会科学系だけではなく、スタートアップを始めとしたビジネス系の方やロースクールの方、エンジニア系の方とも知り合う機会はありますし、大学の外の方ともお会いする機会もあります。もちろん、医学系の人と知り合うこともあります。それは、イベントなどで出会ったり、ちょっとしたお手伝いをする中で出会ったりする感じですね。

【授業が始まる前に受けたフィールドセミナーの様子 】

 

小坂 真琴
そういった人々とのコミュニケーションという点で、これから留学する多くの学生が不安に思っている英語との向き合い方について教えて下さい。
七野 紀之
今でも苦労しています。そもそも人前で話すのがあまり得意でなく、そうした性格の問題という面もありますし、授業に十分に貢献ができているかと言われればNo。もし留学を考えておられるのであれば、リスニングだけは本当に頑張ってやるべきだと思います。TOEFLの点数が伸びたのもリスニングを頑張ったからだったのですが、それでもネイティヴのディスカッション、特に自分に関わりのなかった分野は本当に付いていけませんでした。日本語でもわからないかもしれないのに、英語じゃわかるはずがないんです。
よく問題として指摘されるスピーキングは、自分の心の持ちよう次第でまあなんとかなります。ですが、リスニングはどうにもならない。発言をして問い詰められて何を聞かれているかわからなければ、ただただ辛い。じゃあ、発言を控えようと、悪循環に陥ります。なので、リスニングだけは、ひたすら毎日シャドーウィング含めて続けて頑張った方が、きっと楽しい留学生活が送れると思います。
小坂 真琴
七野さん、ありがとうございました!

 

インタビュアー
小坂真琴(Makoto KOSAKA)
東京大学医学部医学科3年

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