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COVID-19の「社会的に脆弱な人々」に対する影響 -ひとけんコラムNo.1-

  • 著者: 池尻 達紀(人と医療の研究室)
  • 投稿日:
  • 国名:
  • 派遣先機関:WHO
  • 留学目的:国際機関でのインターンシップ

INOSHIRU読者のみなさま、はじめまして。「人と医療の研究室(ひとけん)」という会を運営しています、池尻達紀(地方公立病院初期研修医)と申します。このたび、INOSHIRUさんのご厚意により、月に1回前後、メンバーによるコラム連載をさせていただくことになりました。今後よろしくお願い申し上げます。

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INOSHIRUさんのコンセプトは、「医学生が『際を超えること』を応援する」ために、「海外で学んだ経験を持つ医学生や医師の声を集めて」いくとされています。私たちは普段、「健康とはなにか」「医療の役割とはなにか」を中心的関心として多様なテーマについて議論をしていますが、このコラムではINOSHIRUさんのコンセプトに合致するよう、海外の事情も含めたトピックスの中からテーマをピックアップして記事を寄稿させていただければと考えています。

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第1回は、「社会的に脆弱な人々」という観点からみたCOVID-19の考察です。私は2015年9月1日〜10月12日の6週間、WHO本部の熱帯病を扱う部署にインターンとして受け入れていただいていました。今回は、私がWHOインターンで得た「気づき」もまじえながら、私たち「ひとけん」の議論の一部を紹介します。

 

NTD(顧みられない熱帯病)について

私はWHOインターン中に、様々な方と出会ったり、業務外の知見を得たりしましたが、担当業務としては主に、各国から送られてくるデータの記入や整理を担当させてもらっていました。その過程で、NTDs(顧みられない熱帯病)について学びました。

NTDsとはNeglected Tropical Diseasesの略称で、日本語では通常「顧みられない熱帯病」と訳します。WHOはリンパ系フィラリアを含む17疾患(2015年当時:注1)を指定しており、これらの疾患は途上国を中心に人的にも経済的にも大きな被害を出しています。[1] 狂犬病やデング熱はメディア等を通して十分に有名ですし、ハンセン病については日本でも長い歴史があります。リンパ系フィラリアや住血吸虫症もかつて日本に存在しており、1998年の橋本イニシアチブ(注2)など、日本と寄生虫の関係も浅からぬものだったはずなのですが、今ではそのほとんどが日本人には馴染みの薄い疾患となっています。
NTDsが「顧みられない」とされている理由には、製薬会社が治療薬を開発しても投資に見合う収益を得る見込みが少なく、万が一治療薬の開発に成功してもNTDsが流行している地域の人々にはその治療薬を買う金銭的な余裕がないことがあります。2010年に新薬開発に当てられた資金のうちNTDsをターゲットとしたものはたったの約1%だったという報告[2]もあり、製薬会社がそれらの薬剤の開発に後ろ向きだったのです。

私は、NTDに関連するWHOインターンの経験から「その疾患や患者の扱われ方は、背景にある社会的状況に大きく影響を受ける」ということを学びました。この気づきは、次に述べる「社会的に脆弱な人々」に対する関心へとつながりました。

 

注1)現在、NTDsには新たに3疾患が追加され、20疾患を包括する概念とされています。[3]

注2)橋本イニシアチブ:1998年、当時の橋本龍太郎首相がG8サミット(バーミンガム)において、寄生虫疾患への国際的対策の必要性を訴えたものです。 これを機に、寄生虫疾患対策は全世界的に強化されることとなりました。

 

社会的に脆弱な人々とは

社会的に脆弱な人々[4]とは、
1. 冨、権力、風評などに影響を受けた結果、社会的に不利な立場を取らされている。
2. そのために、健康状態が悪化するリスクにさらされている。
以上の二つの特徴を持つ集団のことを言います。NTDsは「経済的メリットが見込にくいこと」により不利な立場にあるために健康悪化リスクが高いという点で、「社会的に脆弱な集団」に該当します。

「社会的に脆弱な人々」の支援にあたっては、高度な医療サービスを提供するだけでは十分ではなく、脆弱性の原因となっている社会的背景にアプローチする必要があります。医療従事者は、直接的にそれらの保健政策に関わることができなくとも、情報を発信したり、適切な活動を応援することで役割を果たすことができるのです。

この項目内の内容は、私も翻訳に関わらせていただいた、5月末出版予定の以下の訳本に詳しく掲載されています。もしよろしければ、書店で手にとってみて下さい。
https://www.kinpodo-pub.co.jp/book/1833-4/

 

COVID-19による社会的に脆弱な人々への影響
では、COVID-19は「社会的に脆弱な人々」に関する議論にどのように関わってくるのでしょうか。
まずは、社会的スティグマについて考える必要があります。詳しくは、国際赤十字連盟、UNICEF、WHO合同で作成されたガイド[5]を参照してください。ここでは、COVID-19患者や医療者への差別が、それらの人々を心的に傷つけるだけでなく、差別を避けるため疾患を隠し、受療行動を取りにくくなる、というような実際的な健康上のリスクへ繋がることが指摘されています。これは、「社会的に脆弱な人々」を生み出す構造について言及したものです。
一方で、国連大学世界開発経済研究所によるレポート[6]によると、COVID-19により消費活動が減少した結果、世界人口の8%(約5億人)が貧困レベルに陥る可能性が指摘されています。これはすでに「社会的に脆弱な人々」とされる集団および「社会的に脆弱な人々」へ転じるリスクのある集団に対する、COVID-19の悪影響を議論したものです。COVID-19による消費活動の減少は多かれ少なかれ世界の全ての人々に影響しますが、そのような影響を直接的に受けやすいのが「社会的に脆弱な集団」の特徴でもあります。所持金が1万円、1000円、100円の時では、100円の価値が異なることは感覚的に理解できると思います。
そして、精神疾患患者に関連する複数の海外団体が合同で出した提言[7]は「社会的に脆弱な人々」に対する配慮について記載したものの一例です。精神疾患を持つ人々は、COVID -19以前からすでに社会的な脆弱性を有しています。その脆弱性の内容を解説し、それらを踏まえた上でCOVID-19渦の望ましい措置について提言をしています。

 

私たちにできること
ここまでの話を踏まえて身近なところに立ち返り、私たちができることを考えてみたいと思います。「社会的に脆弱な人々」に対する直接的な支援を行うことは難しいかもしれません。しかし、私たちはまず、上のような事情を「知ること」ができます。INOSHIRUのようなサイトは私たちの知見を広げるのに大いに役立つでしょう。あるいは、様々な観点から活発な議論を展開するコミュニティに属することも一助となると思います。
ところで、先述したような世界的な議論については、日本固有の文脈や身近なところに置き換えてから、私たちの日常生活に適応する必要があります。私たちは、日本においてCOVID-19のどのような影響があるか、学生や若者に焦点をあててナラティブを蓄積することとしました。
https://laboratoryforhumannatureculturesandmedicine-covid1.jimdosite.com

このHPでは、COVID -19渦で医療系学生や若手医療者がどのような困難に遭遇したり、目撃したりしているのかを記録することを目的としています。その記録の中に、私たちが今後進むべき道のヒントが隠れているかもしれない、という期待も込めています。よろしければ寄稿にご協力ください。
最後に、「留学」についてはタイミングがあえば、できると良いと思いますし、私も医学生の皆様にはおすすめしたいです。一方で、その前提には、自分にある程度の視点(物事の見方)があることやインターネット上での文献リサーチなどがあります。逆に言えば、現在のようなCOVID-19渦で「留学」ができない状態であっても、自発的に得られるものは実は少なくないように思います。

 

今回のコラムでは、「社会的に脆弱な人々」という観点からCOIVD-19による社会への影響を考えてみました。私たちはまず、COVID-19により困難な状況に置かれている人々のことを知り、声を聞くところから、COVID-19渦の「際を超える」ための一歩を踏み出すことができるかもしれません。

 

【要約】
1. NTDs(顧みられない熱帯病)は経済的メリットが見込みにくいことから対策が遅れた20の感染症のことを言う。
2. NTDs患者も対象となる、「社会的に脆弱な人々」という概念が存在する。
3. COVID-19は私たちの行動一つで、「社会的に脆弱な人々」をうみだしたり、すでにその立場にある人々をさらに追い詰めることになる。
4. 私たちはまず、上のような議論を「知る」こと、そして周囲の声に傾聴することから一歩を踏み出すことができる。

 

【参考文献】

  1. Hotez,P.J. 2007.Control of neglected tropical diseases. New England Journal of Medicine, 357:1018-1027
  2. Røttingen JA, Regmi S, Eide M, Young AJ, Viergever RF, Ardal C, et al. 2013. Mapping of available health research and development data: what’s there, what’s missing, and what role is there for a global observatory? Lancet,382(9900):1286–307.
  3. World Health Organization/Department of control of neglected tropical diseases. Ending the neglect to attain the Sustainable Development Goals:A road map for neglected tropical diseases 2021–2030. https://www.who.int/neglected_diseases/resources/who-ucn-ntd-2020.01/en/ (Retrieved 17th May,2020)
  4. Talmadge E. King, Margaret B. WheelerAlicia FernandezDean SchillingerAndrew B. BindmanKevin GrumbachTeresa J. Villela. 2016. Medical Management of Vulnerable and Underserved Patients: Principles, Practice, Populations, Second Edition. McGraw-Hill Education.
  5. International Red Cross Society, United Nations Children’s Fund, World Health Organization. Social Stigma associated with COVID-19, A guide to preventing and addressing social stigma.https://www.who.int/docs/default-source/coronaviruse/covid19-stigma-guide.pdf(Retrieved 17th May,2020)
  6. Andy Sumner et al. Estimates of the impact of COVID-19 on grobal poverty. 2020. United Nations University World Institute for Development Economics Research.https://www.wider.unu.edu/sites/default/files/Publications/Working-paper/PDF/wp2020-43.pdf(Retrieved 17th May,2020)
  7. Pan African Network of Persons with Psychosocial Disabilities et al, (訳)全国「精神病」者集団. COVID-19(新型コロナウイルス肺炎)と精神障害者. https://jngmdp.net/2020/03/28/20200326-2/(最終閲覧:2020年5月17日)

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