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タイ東北部の田舎地域で気付いた「価値観」

  • 著者:外山 尚吾(京都大学医学部 4年生)
  • 投稿日:
  • 国名: /
  • 派遣先機関:Udon Thani Rajabhat University
  • 留学目的:病院見学

一問一答コーナー

名前外山 尚吾(TOYAMA SHOGO)
所属大学・学年京都大学医学部医学科4年
留学先の国タイ
留学先の大学(機関)Udon Thani Rajabhat University
留学の期間2年 8月 1週間
留学の目的病院見学および現地の学生との交流
留学の費用(概算)10万
-学費:なし
-家賃:なし
-生活費:3万
-渡航準備(保険、航空券、Apartmentのdepositなど):7万
プログラム(仲介してくれた機関/人)Udon Thani Rajabhat Universityで日本語を教える日本人の先生
利用した奨学金:なし
VISA
保険
留学中の住まい大学内の宿泊施設・現地の学生の家

プロフィール

京都大学医学部医学科4回生。現在の興味は、医学概論(医学哲学)、医療人類学、医療社会学といった、人文社会科学と医学の接点となるところ。「医学とは何か」という問いが私のテーマです。

サマリー

・ウドンターニーという、タイ東北部の貧しい地域を訪れた。

・「格差」を、外からみるということと、内からみるということ

・文化の相対性

Q1. 留学中にカリキュラムで学んだことについて

①プライマリーヘルスケアセンターについて

タイの行政単位は、チャンワット(Province・日本の県にあたる)→アムプー(District・日本の郡にあたる)→タムボン(Sub District)→ムーバン(village・日本の村にあたる)というように分かれる。医療はそれに対応するように、タムボンレベルではprimary care、アムプーレベルではsecondary care、チャンワットレベルではtertiary care、とピラミット状に階層化されている。

primary careはそのまま地域に存在するプライマリーヘルスケアセンターが、secondary careは市や郡にある中くらいの公立病院が、tertiary careにはより専門性が高く高度な病院がそれぞれ対応する形となっている。

タイの医療従事者にとっての4つのdutyとされるprevention・health promotion・treatment・rehabilitationのうち、前者の2つ(prevention・health promotion)はprimary careが担う部分が多く、後者の二つ(treatment・rehabilitation)はtertiary careの担う部分が多いというように、数・規模に応じて役割を異にしている。

さて、このプライマリーヘルスケアセンターには医者が存在しない。普通は看護師と、大学でpublic healthを修めた専門家とが働いており、上記の業務を中心にそのコミュニティの健康を守っている。この背景には人口1000人あたり医師が0.39人(2010年)という深刻な医師不足もあるのだが、それと同時に私は、医師がいなくとも診られる範囲のものは小さなコミュニティ単位で解決してしまい、対応できないものだけをもう一つ上のレベルの公立病院へ送るというそのシステムは、無駄なリソースを割かないという点である意味合理的であるなとも感じた。

日本に照らし合わせて考えてみると、以前訪れたことのある奈良県の川上村に一つしかない診療所の先生がおっしゃっていたことと非常に似ているなと思った。先生曰く、「ここで診られる患者はここで診て、無理な患者は町の大きな病院に送る。私の役割はトリアージのようなものだ」。その経験を踏まえても、プライマリーヘルスケアセンターの考え方は、日本の地域医療と共通点を持つのではないかと思った。

私の訪れたプライマリーヘルスケアセンターは、ウドンターニーの中心部からバスで30~40分ほど離れた小さな村にあった。幾人かの患者さんとお話しさせていただいたのだが、血圧手帳のようなものを持っていて、安全なら緑・危なければ黄色・病院に行かなければならないならオレンジのシールを貼るというような細やかなケアがされており、小さなコミュニティにおいて全ての人々の健康を把握し管理していくための試みの一つであると感じた。

センターの中には啓発のためのたくさんのポスターが貼ってあり、まさにprevention・health promotionを役割として担う場所であると実感した。設備は思っていたよりも小綺麗なもので、また医療アクセスという観点からも、こんなところにセンターがあれば住民にとっても安心だなといった印象を受けた。

 

②医療格差について

タイでの忘れられない光景の一つとして、ウドンターニーの中心近くにある公立病院(secondary careにあたる)の前にたくさんの人々が座りこんでいた姿がある。診療を受けようにも、患者がパンク状態になっているため、何時間も待たなければいけないのである。あの座り込んでいた人たちは、どんな人たちなのか。それを知るためには、タイの医療保険制度を理解する必要がある。

タイの医療保険は、government officerを対象とするCivil Servant Medical Benefit Scheme (CSMBS)(全人口の8%)・民間の一般的な会社で働く者を対象とするSocial Security Scheme(SSS)(全人口の16%)、それ以外の自営業・農家といった貧しい人たちを対象とするUniversal Coverage Scheme(UC)(全人口の75%)からなる。この制度によってUCに加入している人々は一回30バーツ(約90円)を支払うだけで診療を受けることができる。

国民のほぼ全員が保険に加入し、負担も少なく診療を受けられるタイは、経済的観点から見れば非常に良く成り立っているように思えるかもしれないが、『包括的で持続的な発展のためのユニバーサル・ヘルス・カバレッジ:11カ国研究の総括』(2014年)によると、タイのUHCは「改善の余地がある」とされている。何故だろうか。

それは、医療の質という点においてである。

私がウドンターニーで見た光景に戻るが、あの人たちは大半がUC加入者で、それゆえに指定された公立病院にでしか診療を受けることができない。そのような人たちが毎日一つの病院に集中し、あのような光景を呈していたのである。病院の中も見学させていただいたが、病院の外と同様に人で溢れかえっており、慌ただしい雰囲気で、すれ違うストレッチャーとぶつかりそうになったことも少なくなかった。完全に印象でしかないことを断ったうえで述べるが、衛生状態もこれ大丈夫なのかと感じることもしばしばあった。

この様子を見ると、当然、お金を持っていて、自分で診療する病院を選ぶことができるタイの富裕層は、こういった公立病院は避けよう、となる。そんな人たちのためにあるのがタイのprivate hospitalである。

タイ滞在中に、私は2つのprivate hospitalを見学しました。ウドンターニーのAek Udon Hospitalと、バンコク市内のSamitivej hospitalである。前者はウドンターニーの富裕層と外国人、また国境近くということもありラオスからの車(ナンバープレートが黄色なのですぐに分かる)も散見された。後者は、利用者の半数がタイ富裕層・それに次ぐ20%がタイ在住の日本人で、日本語しか喋れなくても何の問題もなく受診できる環境が完璧に整っていた(バンコク市内には他にバムルンラード国際病院というのがあり、こちらは中東からたくさん患者がはるばる訪れるいわゆる医療ツーリズムを盛んに行っているらしいのだが、こちらは訪問はかなわなかった)。

行ってみた感想だが、話には聞いていたが、まあ豪華だった。どこへ行っても清潔感に溢れてゴージャスで、部屋も全個室でここはリゾートホテルかというくらいの広さと充実度だった。ここに来さえすればどんな種類の疾患でも大丈夫というようなラインナップで、歯医者まで病院のなかにあったのは日本の感覚からすれば新鮮で驚いた。

それを公立病院の有様と比べれば比べるほど、どうしてこんなにも医療格差が広がってしまったのだろうという疑問が深まるばかりだったが、その歴史的背景までを明確に突き止めるまでにはいかなかった。

しかし一つ印象的だったのは、「これだけ格差があって、UCの人たちは不満を抱かないのか」という旨の質問を私がしたときに、返ってきた答えが「そもそも彼らはprivate hospitalのなかがどのようになっているのか知らないから、不満を抱きすらしない」というものだった。端から見て明らかに存在する格差が、当の本人たちにとっては、それは概念として存在すらしない。これは現地へ行ったからこそ得られた気付きだったと思う。

Q2. カリキュラム以外の、留学先ならではの現地での生活について

現地の学生の家でホームステイをした際、タイの田舎で、一緒に木になっている果実をとって食べ、夜に音楽を流しながら一緒に踊ったのはとても良い思い出である。

Q3. なぜその場所(国・大学)、その期間を選んだか

-場所について

自分が今いる環境と真逆の場所に行ってみたかった。

 

-期間について

夏休みで無理ない範囲でとれる期間だった。

Q4. 留学に至るまでの準備について

基本的には現地の先生と連絡をとりながら進めていった。

Q5. 準備、留学中の両方について、「こうしておけばよかった」と思う反省点と、自分なりに工夫してよかった点

反省点は、予防接種を受けようと思ったら時間がかかるので、もう少し早い段階から準備すべきだったこと。

良かった点は、向こうに行かずとも分かることは最大限日本で勉強していこうと思い、関連の資料を読み漁ったこと。

 

Q6. 留学していた場所について

初めて私がバンコクの街に踏み入れたとき、まず思ったのは「ここは歪んだ街だな」というものだった。道路を埋め尽くす車とさらにその合間を縫って駆け抜ける数多のバイクの喧騒や、綺麗なビルの合間に見えるぞっとするくらい汚いアパートは、私にとって非常にストレスだった。私の眼にはそれは、それまで発展途上であってきた国に技術や資本が急速に流入し、その激しい変化を受け止めきれずに奇妙な姿を晒しているように映り、この歪みのなかで暮らしている人たちはどんな気持ちなのだろうかと思った。

その気持ちはバンコク市内を離れ、タイ北東部のウドンターニー県へ行っても変わらなかった。日本の田舎にあるイオンモールも顔負けなくらいのショッピングモールがあると思えば、少し足を伸ばせばむせ返るような匂いが充満し、そこここを蝿の飛び交うマーケットがあった。日本のようにもう少し時間をかけて発展していれば、このような歪みは生まれずに済んだのではないかと勝手に考えを巡らしたりもしていた。

しかしながら、ウドンターニーのラチャパット大学の学生たちと行動をともにし、彼らの本当の日常生活を見ているうちに、考えは変わっていった。ショッピングモールのKFCでチキンを食べたあとに、マーケットで(明らかに私には不衛生としか思えない)牛肉を買って家に帰る――ヘルメットもしないままバイクに3人乗りして、交通量の多い街を走り抜ける――日本人の眼には奇妙にしか見えないものも、それが彼らにとって”普通”なのだと。彼らは決して歪みのなかに生きているなんて思っていなくて、その環境が当たり前の世界にいるのである。

つまるところ、私が「歪み」だと感じた原因は、私が外国人であるということ一つに集約される。もっとも、あのマーケットの環境とかが公衆衛生学的に是正されなくてもよいとは思わない。だが、日本人でない人々の生活を考えるにあたって、自分たちとは違う価値観のもとに生きているという前提を理解したうえで取り組まなければならないというのは大きな気付きだった。当たり前っちゃ当たり前だが。

Q7. 留学中どのような人とかかわったか

日本語クラスの学生たちと、公衆衛生を専攻する学生たちと交流した。そのうちの何人かは今でも交流が続いていて、日本に来た際には会いに行った。

Q8. 英語の能力はどう変化したか

ごく短い期間だったのと、英語の通じないタイ人もいたので、大きくは英語能力に変化はなかった。

Q9. 留学のメリット/デメリットについて

-得たもの

 海外経験のなかった自分にとって、異国の地に自分の知らない言語を話す知らない人たちがたくさんいるということを身をもって感じたのはとてもよい経験だった。

 

-失ったもの

 特になし

 

-得られなかったもの

 今から考えると、アカデミアの人たちともう少しつながりをつくられれば良かったなと思う(バンコクでマヒドン大学に寄りたかったが、かなわなかった)。

Q10. 現地で苦労した話について

ホームステイしているときに、「良いもの見せてあげるよ」って言われてついていったら、家禽類がわんさかいる小屋につれていかれたときはマジでびびった。

Q11. 留学について意識し始めた時期とそのきっかけ

大学に入った瞬間から、「井の中の蛙」にはなりたくなかったので、チャンスがあれば絶対に行こうと思っていた。

Q12. 留学後の展望について

自分は公衆衛生学分野一般というより、「人がどんな考えをするのか」というよりソフトな側面に興味があると気付いたことで、興味を向ける先が変わった。

Q13. 留学へ行く前の自分へのメッセージ

予防接種はしていったほうがいい。

Q14. 後輩へのメッセージ

もし、この記事を読んでウドンターニーへの留学に興味を持った方はつなぎますので、フェイスブック等を通じてご気軽にご連絡ください。

Q15. その他、言い残したことがあればどうぞ

なし。

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