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未開の地スーダン 〜医者の卵の5つの学び〜

  • 著者:宮地 貴士(秋田大学医学部 4年生)
  • 投稿日:
  • 国名: /
  • 派遣先機関:国際NGOロシナンテス
  • 留学目的:国際NGOロシナンテスの活動見学

一問一答コーナー

名前宮地貴士(Takashi Miyachi)
所属大学・学年秋田大学4年
留学先の国スーダン共和国
留学先の大学(機関)国際NGOロシナンテス
留学の期間医学科2年次の8月
留学の目的国際NGOロシナンテスの活動見学
留学の費用(概算)20万円~25万円
-学費なし
-家賃350US$(35US$/day×10日間)
-生活費5万円程度(通訳、車のハイヤー代金など)
-渡航準備(保険、航空券、Apartmentのdepositなど)航空券:15万円程度
プログラム(仲介してくれた機関/人)団体に直接お願いした
利用した奨学金なし
VISA在日スーダン大使館で獲得(スーダンで滞在する予定だったbougainvilla guesthouseにインビテーションレターを発行してもらった)
保険クレジットカード保険
留学中の住まいbougainvilla guesthouse

プロフィール

1997年生まれ。東京都出身、私立順天高校卒業。秋田大学医学部医学科4年次在学中。公衆衛生学講座学部研究員。中学生の時に国境なき医師団を知り、国際的な活動に関心を抱く。その後、「病の“背景“を治療する」という川原尚之先生の言葉に出会い、医師になることを決意。現在はザンビア共和国の無医村での診療所建設を目指して活動中。

サマリー

・海外のことは英語で検索しよう。

・日本の“もの”がスーダンでは通用するとは限らない。

・イノベーションは辺境の地から始まる。

・支援活動のゴールはその土地から去ること。

・幸福に対する新たなモノサシを獲得した。

・将来は病の背景を治療する医師になる。

Q1. 留学中にカリキュラムで学んだことについて

世界の果てまで“医”を届けることをミッションに、アフリカはスーダンで活動する国際NGO、ロシナンテスの下で学んできました。ロシナンテスは医療を「疾病を治す」といった狭義のものではなく、人の一生を支え、人生に彩を咲かせるものと捉えています。生活環境改善を含む包括的な支援活動を展開しており、巡回診療や診療所の開設はもちろん、井戸を掘ることで安全な水を届け、水たまりには植物を植えることで蚊の温床となることを防ぐ。ヘルスリテラシー向上のための教育活動、子供たちが協調性や社会性を育むためのスポーツ事業、スーダン・南スーダン・日本をつなぐ異文化交流事業、などなどすべて挙げればきりがありません。今回の滞在では、多岐にわたる活動の一片を見学させていただきました。それらを通して学んだ3つのことについて紹介します!

 

1.日本の“もの”がスーダンで通用するとは限らない

私は、スーダンに来るまで、日本の技術・物・知識をスーダンに届けることで、スーダンの発展に寄与できるのではないかと考えていました。「日本が発展していて、スーダンが貧しい」そういう、固定観念を抱いていたのだと思います。しかしながら、ロシナンテスは全く逆でした。現地にあるもの、現地の人、現地の知恵をどう生かしていくかを考えていたのです。それもそのはずでした。日本の医療機器や技術はハイクオリティーですが、高額です。さらに、現地の砂塵が吹き荒れる天候には全くの不適合でした。

ロシナンテスも過去に“先進国が途上国を助けてあげる”というおごった姿勢から大きな失敗をしたようです。スーダンでの活動を始めてから間もないころ、患者に投与可能であるが日本では規制上使用不可になった大量の薬をスーダン保健省に寄贈したのです。残念なことに日本からの善意で届いた薬は全て破棄されました。保健省はこういったそうです。「なんで、日本で使えない薬をスーダン人に使わせるんだ。」この一件を機にロシナンテスは、現地の文化や考え方を尊重することを最優先事項にしました。

 

2.イノベーションは辺境の地から始まる

新興国の発展では“リープフロッグ現象”が起きています。これは先進国が辿ってきた発展プロセスを経ずに、いきなり最先端になることです。わかりやすい例で言えば、アフリカでは、固定電話が発達せずに、いきなり携帯電話が普及しました。ロシナンテスの活動からもこの現象の一端がうかがえました。例えば、僻地の村で働く助産師のためのタブレット型内視鏡の普及や伝統的に村から離れられない女性のための衛生教育などです。辺境の地の圧倒的なニーズが、革命を起こしていくのだと痛感しました。

 

3.支援活動のゴールは、その土地から去ること。

「ロシナンテスのゴールはスーダンから撤退すること。」そう聞いたときに国際協力についてのモヤモヤが晴れました。国際協力では、相手のためを思った支援が実は相手をダメにしてしまうことがあります。実際に支援が入っている地域の中には、私たちに対して、「あれもない、これもない、助けが必要なんだ。」と依存心たっぷりに近づいてくる人たちがいました。目の前の人を助けることは簡単ですが、それが本当の意味で彼らのためになるのでしょうか。活動地から去ることをゴールに、常に現地の人たちで回せる仕組みを整える重要性を学びました。

Q2. カリキュラム以外の、留学先ならではの現地での生活について

スーダン滞在の中で最も印象に残っているのは、「スーダン人」です。彼らとの出会いによって、私は新たな“幸福のモノサシ”を獲得することができました。スーダンでは、人と人のつながりが非常に強く、うつ病や自殺が起きるような風潮はほとんどありません。また、日本人以上のおもてなしの心を持ち合わせ、街を歩いているだけの私に何度もお茶をごちそうしてくれました。日本人だけに特別なのではありません。シリア難民をビザなしで受け入れ、教育や医療サービスをスーダン人と同じように無償で提供しているんです。そんな彼らと一緒に、ナイル川に飛び込み、流れ星を浴び、裸足で大地を踏みしめ、夜まで語り合いました。彼らが話すのは、前向きなことばかりでした。家族や地域社会への愛、自分自身の志・夢。日本人が発展していく中で失ってしまった“何か”がスーダンにはあったのです。一人一人感じることは違うと思います。ぜひ、みなさんもスーダンにある“何か”をご自身の五5感を使って見つけてみてださい!

Q3. なぜその場所(国・大学)、その期間を選んだか

ー場所について

ロシナンテスの活動地であったためです。

ー期間について

1カ月以上行きたかったのですが、試験の都合上2週間弱となってしまいました。

 

Q4. 留学に至るまでの準備について

ロシナンテスを知ったのは、高校生のときにYoutubeを見ていたときでした。たまたまロシナンテスの方が出演されている「プロフェッショナル 仕事の流儀」というテレビ番組を見ました。その後、ずっとロシナンテスの活動を見学させていただきたかったのですが、具体的な行動を起こせずに埋もれていました。そんな中、大学1年生の2月ころに奇跡が起きたんです!ロシナンテスの方へたまたま送った友達申請が承認されました。その時は驚くほど興奮し、「先生の活動を見たい」とmessengerを使ってメッセージを送りました。簡単に返信は返ってきませんでしたが、しつこくラブメッセージを送ったところ、返事が返ってきたのです。そこから、スーダン人の担当者を紹介してもらいました。まずは、最低限の英語スキルを確認するために電話で英会話をし、その後、ビザの申請や現地での活動について詳細なスケジュールを練っていきました。当時は、友達申請を送る際に一言メッセージを送るという当たり前のこともしていませんでした。先生になんで承認してくれたのか尋ねたところ、ロシナンテスはその時期クラウドファンディングに挑戦しており、多くの人を巻き込もうとしていたタイミングだったようです。

Q5. 準備、留学中の両方について、「こうしておけばよかった」と思う反省点と、自分なりに工夫してよかった点

・留学準備

ロシナンテスについて徹底的に調べました。本を読み、テレビも見て、ネットの記事もすべて読みました。そして、気になることについてたくさんの質問を作っていました。今の時代、基本的なことはググればすべて出てきます。先生方と有意義な会話をするためにも、事前に基本情報を網羅しておくように心がけました。ただ、実際に先生に会うとかなりひるんでしまい、質問票を全然活かせませんでした(笑)

その他の反省点としては、もう少しスーダンの医療事情について調べてから行けばよかったなと思ったことです。日本語でしか調べていなかったので、wikipediaに載っているような情報しか把握していませんでした。医学教育はどうなっているか、国としてどのような政策を実行しているか。英語で調べると国際機関の情報にアクセスできるので、情報量も数倍になります!

・留学中

新しい土地でのまず一歩目は、人と会って話を聞くこと、それに尽きると思います。特にスーダンの人々は非常に親切なので、町にいるいろんな人たちに話しかけてみてください!

Q6. 留学していた場所について

主にスーダンの首都ハルツームやその周辺に滞在していました。南スーダンとスーダンは別の国です!スーダンというと危険なイメージがありますが、そんなことはありませんでした。

Q7. 留学中どのような人とかかわったか

基本的には一緒にスーダンに来た友人と行動していました。首都の大きな病院で手術を見学したり、電気や水道、ガスの無い村でのんびりしたり、ロシナンテスの方々が紹介してくれた現地人のお世話になっていました。

Q8. 英語の能力はどう変化したか

日常会話レベル

Q9. 留学のメリット/デメリットについて

ー得たもの

当時は医学部2年生でした。医学的な知識は皆無といっていいほどです。そのため、自分自身のスキルや医学的な学びは少なかったと思います。ただ、あこがれの先生とお会いし、その後の人生における活力や“指針書”を頂いたような気がします。

また、スーダンという非日常を共にした仲間やその土地で会った人たちは、一生の宝物です。言葉にすると少し安っぽくなってしまいますが、今でもスーダンで時間を共にした友人とは頻繁に会っています!

 

ー失ったもの

アフリカやスーダンに対するネガティブな先入観

 

ー得られなかったもの

見学という立ち位置だと、できることも限られてしまいます。実際に仕事をしてみないと分からないところもたくさんありました。スーダンの人と働く際は、どんな契約を結ぶのか、商習慣はどうなっているか、誰がキーマンとなるのか。次回は、裁量権のある立ち位置でスーダンに来たいです。

 

Q10. 現地で苦労した話について

毎日、白い下痢が続いていました。今考えると多分、コレラだったと思います(笑)「現地の文化を尊重する!」そんなことを言って、現地の人と同じものを食べ、同じものを飲んでいたらお腹を下しました。長期滞在ではお腹を慣れさせることも必要かもしれませが、短期滞在で体調が悪くなると非常に残念なことになります。現地の人からの善意を断るのではなくて、「お腹がいっぱいだから」といって持ち帰るとか、大人の対応もしていきたいです。

Q11. 留学について意識し始めた時期とそのきっかけ

中学生の時に国境なき医師団の活動を見てから、ずっと海外に行きたいと思っていました。

Q12. 留学後の展望について

スーダン滞在を通して、世界の広さ、自分の視野の狭さ、知識の偏りを著しく感じ、「もっともっと広い世界を自分の目で見てみたい」と考えました。

 

Q13. 留学へ行く前の自分へのメッセージ

アラビア語を勉強していればもっともっと現地の人たちの価値観に触れられたかなと思います。通訳を介してだと、どうしても生の情報ではなくなってしまいます。また、ロシナンテスに対して憧れるだけで何もしてこなかった1年間が非常にもったいなかったです。当時の自分にはこう言いたいです。「いつまで憧れててもしょうがない、早く行きなさい」

Q14. 後輩へのメッセージ

「百聞は一見に如かず!」これに尽きます!!理由は何でもいいんです。日本を飛び出して、ご自身の目で広い世界を見てみてください!ワクワクする未来が待っているはずです!

Q15. その他、言い残したことがあればどうぞ

スーダンで会った人と一緒に秋田でシェアハウスしています。青年海外協力隊を卒業してから、秋田大学医学部に学士編入してきました!奇跡的なできごとです!(笑)これからも一つ一つの出会いを大切にしていきたいと思います!

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